交通費を不正受給していたスタッフは懲戒解雇できる?

当事務所に寄せられるご相談のうち、多くいただくものをQ&A形式で解説いたします。
今回は、スタッフの懲戒処分についてです。

Q.【院長先生からのご質問】

「実家の住所を届け出て交通費を受給していたスタッフが
実際には医院の近所から徒歩通勤していたことが判明。
交通費の不正受給は、懲戒解雇できますよね?」

■判断のポイント:「使用者に懲戒権があるか」

懲戒解雇は懲戒処分の一種ですが、処分の可否については
「使用者(院長先生)に懲戒する権利があるか」
をまず検討する必要があります。

そもそも使用者は、
どのような法的根拠に基づいて懲戒処分をなしうるのでしょうか。

懲戒処分の法的根拠については複数の学説があるものの、
実務にかかわる判例ではすでに確立した見解があります。

「使用者は懲戒の事由と手段を就業規則に明定して労働契約の規範とすることによってのみ懲戒処分をなしうる」
(菅野和夫「労働法第十二版」より引用)というのが裁判所の立場です。

懲戒処分は「企業秩序違反に対する制裁罰」であり、
刑法の「罪刑法定主義」という考えがベースとなります。
「罪刑法定主義」とは、
あらかじめ何が罪となり、
どんな刑罰が科されるのかが法定されていなければ、
罰することができないというルールです。

これを懲戒処分に当てはめると、
「懲戒の理由となる事由とこれに対する懲戒の種類・程度が就業規則に明記され、周知されていなければ処分できない」
ということになります。

たとえば、
無断遅刻や欠勤を繰り返す職員、
重大なハラスメントを行う職員、
クリニックの信用を損なう投稿を執拗にSNSに上げる職員などがいたとしても、
就業規則による規定がなければ処分は難しいということです。
ひどい不祥事を起こされたので懲戒解雇したいという場合でも、
就業規則に定められた処分規定がない状況での懲戒解雇は難しいでしょう。

すなわち、院長先生が懲戒権を有するためには、有効な就業規則上の懲戒規定が必要です。

■事案の検討:「懲戒処分の有効性」

それでは、就業規則に懲戒規定があるとして、その処分が有効かどうかをみていきましょう。

労働契約法15条によると、懲戒が
「客観的に合理的な理由を欠き」
「社会通念上相当であると認められない場合」
は、権利濫用として無効とされています。

とはいえ、抽象的で分かりにくいですよね。
もう少し詳しくみていきましょう。

《懲戒処分5原則》
① 就業規則該当事由の原則
② 就業規則該当処分の原則
③ 行為と処分の均衡原則
④ 二重処分禁止の原則
⑤ 処分手続き厳守の原則

上記は、懲戒処分が有効になるための5つの原則です。

▶①および②は、就業規則に懲戒の種別(*)と事由(*)が定められていることを前提に、
懲戒の対象となった事実がそれらに該当していなければならないという原則です。
今回の事案では、クリニックの就業規則に明記されている懲戒の種別と事由に
交通費の不正受給という事実が該当するかどうか、
該当しなければ処分できないということになります。

*懲戒の種別:戒告・けん責・減給・出勤停止・降格降職・諭旨退職・懲戒解雇など処分の種類
*懲戒の事由:「医院が認める正当な理由なく、欠勤、遅刻などの不就労を重ねたとき」
などの規定のように各処分に対応する事由

▶③は、懲戒の対象となる行為に対する処分が不当に重いものはダメ、という原則です。
過去に同じような行為をした他の従業員への処分と均衡がとれているか、
当該従業員を排除する意図があるなど不当な動機や目的がないか、などです。

▶④は、同じ行為に対して二重に処分することはできないという原則です。
昔の行為を引っ張り出してきて再度処分するというようなことは許されません。

▶⑤は、懲戒処分に際し弁明の機会などの規定がある場合は、
それがきちんと手続きとして保障されているか、手続きがなされていないとダメという原則です。

 これらの原則をもとに、今回の事案では以下のチェックポイントが検討されるでしょう。

《本事案におけるポイント》

・交通費の不正受給に関する懲戒規定が就業規則に明記されているか
(交通費の不正受給という事由は懲戒解雇という種別に対応しているか)
・過去に同様の行為をした従業員がいる場合は、
そのときの処分に比べて今回の処分が不当に重くないか
・能力不足や勤務態度不良など、今回の不正受給とは別の動機により
当該従業員を排除するような不当な目的がないか
・就業規則に懲戒処分の手続きが規定されている場合は、
その手続きがなされているか
(その他、故意性や悪質性、期間の長さ、不正受給の金額など複合的に判断されます。)

A. 回答まとめ

懲戒処分を行うには、就業規則での懲戒規定が必要です。

従業員10人未満で就業規則の作成義務がない場合、
個別の労働契約で懲戒の根拠が合意されていれば足りるという見解もありますが、
懲戒の合意を個別に取られているクリニックはまれでしょう。

職場秩序維持のため、10人未満のクリニックでも就業規則を作成することをおすすめします。

 


当事務所では、他院での実施事例をもとに各院に応じた制度設計をご提案し、
クリニックに適した就業規則の作成・届出から日々の運用に至るまで総合的にサポートしております。
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