採用内定は取消しできる?

当事務所に寄せられるご相談のうち、多くいただくものをQ&A形式で解説いたします。
今回は、採用内定の取消しについてです。

Q.【院長先生からのご質問】

「採用内定者がSNSで不適切な投稿をしていました。
まだ入社していませんし、内定を取り消しても問題ないですよね?」

■判断のポイント:「採用内定は、法的にどのような意味をもつのか」

採用内定の取消しが違法かどうかを考える前提として、
『採用内定』という段階が法的にどのような意味をもつのかを理解しておく必要があります。

法的には、
採用内定通知によって、始期付・解約権留保付労働契約が成立する
という考え方が一般的です。(大日本印刷事件 最判昭54.7.20)

「始期」というのは、内定通知書などに定められた入社日のことです。
内定後すぐに働き始めるわけではないので、
入社日を始期とした労働契約を結ぶという意味です。

「解約権留保」というのは、
たとえば内定者が学校を卒業できなかった場合など、
その後の事情によって契約解約できるよう留保しておく、といった意味合いです。

ここで重要なのが、「始期付」であっても「解約権留保付」であっても、
「労働契約が成立していることには変わりない」という点です。

内定の段階ではまだ働き始めていないので
事業者側から解除しても問題なさそうな印象がありますが、
条件付きであれ契約は成立しています。

労働契約は成立している、
ただし内定取消事由が生じた場合は解約できる旨の合意が含まれている、
という状態が内定なのです。

■事案の検討:「採用内定取消しの違法性」

では、採用内定の取消しが違法となるかどうかをみていきましょう。

採用内定が「始期付・解約権留保付労働契約」の成立であるとすると、
内定取消しは「留保していた解約権の行使」になります。

この点、クリニックにおいては、
就業規則や内定通知書などに「内定取消事由」が書かれていると思います。
この取消事由にあたれば、問題なく内定取消しできるのでしょうか?

判例では、取消事由に対して次のような限定を付しています。

採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、
これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして
 客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる
(大日本印刷事件 最判昭54.7.20)

つまり、取消事由をたくさん記載して内定通知したとしても、
その内容が上記の判断基準に合致しない限りは認められない、ということになります。

たとえば、「提出書類の虚偽記載」という取消事由を規定していたとして、
それが文言通りに判断されるのではなく、
その虚偽記載の内容や程度が重大なもので、
それによって従業員としての不適格性や不信義性が判明したことを要するとされます。
(日立製作所事件 横浜地判昭49.6.19)

また、経営悪化による内定取消しについても、整理解雇に準じた検討がなされます。

「取消し」というと軽く聞こえますが、
実際は「解雇」に準じて判断される、ということです。

▶さて、今回のご相談にある「SNSでの不適切投稿」は、取消し可能でしょうか。

内定通知書に記載されることの多い取消事由と、裁判所の判断傾向を以下に示します。

  • 学校を卒業できない場合

卒業は採用の前提となる条件ですので、
内定取消しを認められる可能性が高いです。
学校卒業のほかには、資格や免許の取得、外国人の在留許可なども同様でしょう。

  • 健康状態の悪化

「健康状態が職務に耐えられないと会社が判断したとき」などの事由ですが、
こちらは事情により異なります。
前述の
①客観的に合理的な理由か
②社会通念上相当として是認できる場合か

という2つのポイントにより判断されます。

  • 提出書類の虚偽記載・面接時の不実申述

こちらも同様に、
①客観的に合理的な理由か
②社会通念上相当として是認できる場合か
により判断されます。

  • 会社の経営状況悪化

同様に、
①客観的に合理的な理由か
②社会通念上相当として是認できる場合か
により判断されます。

ただし、この場合は整理解雇に類するものとして、
(1)人員削減の必要性
(2)解雇(取消)回避の努力
(3)人選の合理性
(4)手続きの妥当性

という4つの要素もポイントとなります。

  • その他の会社事由

これまでの場合と同様に、
①客観的に合理的な理由か
②社会通念上相当として是認できる場合か

により判断されます。

が、裁判所は概して使用者のなした取消しに厳しい態度をとる傾向にあるようですので、
漠然とした理由での内定取消しは違法と判断される可能性が高いでしょう。

判例では、
前職での悪いうわさを理由としてなされた内定取消しが無効とされた事件(オプトエレクトロニクス事件 東京地判平16.6.23)、
内定者が陰気であることを理由とした内定取消しが無効とされた事件(大日本印刷事件 最判昭54.7.20)などがあります。

SNSでの不適切投稿は、どうでしょう。

投稿の内容にもよりますが、
単にクリニックへ批判的な投稿をしただけでは内定取消しが認められない可能性が高いと思われます。
企業の業績や経営方針などに対して批判を述べることは、従業員に禁止されるものでないからです。

一方、内定者による投稿が事実無根の誹謗中傷であり、
執拗にクリニックの評判を貶めるなど名誉棄損にあたるような場合には、
組織への批判として許容される範囲を逸脱するものとして、
内定取消しが認められる可能性があると思われます。

A. 回答まとめ

内定取消しは「解雇」に準ずる行為です。
内定通知書などに記載された取消事由にあるからといって何でも許容されるわけではありません。

内定取消しの際には、
① 客観的に合理的な理由か
② 社会通念上相当として是認できるか
をポイントとして取消事由を検討しましょう。

 


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