クリニックにおける同一労働同一賃金
■同一労働同一賃金とは
2018年6月に働き方改革関連法が成立し、労働契約法とパートタイム労働法が改正されました。
この法改正により、正規労働者と非正規労働者(短時間労働者・有期雇用労働者)の間の不合理な待遇差解消の実効性を確保するための制度が設けられることとなりました。
短時間労働者(パート従業員)の待遇に関しては、従来からパートタイム労働法で規制されていましたが、この法改正で有期雇用労働者も対象となり、「パートタイム・有期雇用労働法」としてより実効的になります。
クリニックにとりましては、来年4月1日から規制が開始されます。
【パートタイム・有期雇用労働法の主な改正ポイント】
(厚生労働省「不合理な待遇差解消のための点検・検討マニュアル」より引用)
■「パートだから賞与はない」が通じなくなる世の中に
同一労働同一賃金のポイントは、以下の2つです。
(※ここでは、短時間労働者と有期雇用労働者を合わせて「非正規労働者」と呼ぶことにします。)
- 通常の労働者と非正規労働者の間の不合理な待遇差を解消すること。
- その待遇差の内容や理由について非正規労働者へ説明すること。
1. 不合理な待遇差の解消(パート有期法8条・9条)
「不合理な待遇差」とは何でしょう。
「パートタイム・有期雇用労働法(以下「パート有期法」)」において、均等待遇と均衡待遇という2つの観点から規定されています。
● 均等待遇規定(差別的取扱いの禁止):パート有期法9条
非正規労働者と通常の労働者との間で、次の事項が同じ場合は、非正規労働者であることを理由とした差別的取扱いが禁止されます。
- ① 業務の内容
- ② 責任の程度
- ③ 職務(業務+責任)の内容や配置の変更範囲
⇒正規と非正規で上記3つの要素が全く同じ場合は、「パートだから」という理由で、賞与や手当などの待遇に相違があってはなりません。
常勤職員と業務も責任も同じ、分院なく異動も発生しないクリニックにおいて、常勤には支給している賞与を「パートだから」という理由だけでパート職員には支給していない、などはダメということですね。
ただし、労働時間が短いことから賞与が時間比例分少ないといった合理的な差異は許されます。
また、能力や経験などに応じて支給額に差があることも問題となりません。
●均衡待遇規定(不合理な待遇の禁止):パート有期法8条
非正規労働者と通常の労働者との間で、次の事項を考慮して、不合理な待遇差が禁止されます。
- ① 業務の内容
- ② 責任の程度
- ③ 職務(業務+責任)の内容や配置の変更範囲
- ④ その他の事情
⇒賞与や手当などの待遇の性質・目的・趣旨が対象非正規労働者にも当てはまる場合、正規と非正規で業務内容や責任、配置の変更範囲が異なる、あるいはその他の事情で考慮すべき点がある場合は、待遇それぞれについて、それが不合理な相違であるかどうかを検討し、不合理であれば解消しなければなりません。逆にいえば、不合理でない相違は問題ないということになります。
たとえば、2018年に出されたハマキョウレックス事件最高裁判決では、皆勤手当は、皆勤を奨励するという趣旨に照らし、職務内容によって差異が生ずるものではないとして、契約社員への不支給は不合理とされた一方、住宅手当は、住居費用補助という趣旨に照らし、契約社員は転勤が予定されていないのに対し、正社員は転居を伴う配転が予定されているため住居費用が多額となり得るので、正社員のみに住宅手当を支給しても不合理にあたらない、と判断されました。
このように、待遇それぞれの趣旨目的および非正規労働者の職務内容や状況から具体的に検討するため、事案によって結論が異なります。
したがって、結果だけをみて「非正規には賞与や退職金を払わなくて良い」「手当は払わなくてはならない」などと一律に判断できるものではありません。
2. 非正規労働者に対する待遇差の説明(パート有期法14条)
パート有期法では、非正規労働者の求めに応じて、通常の労働者との間の待遇差の内容やその理由について説明することが義務付けられます。ここでは、以下の3点に留意します。
(下図は厚生労働省「不合理な待遇差解消のための点検・検討マニュアル」より引用)
(1) 説明にあたり、比較する通常の労働者は誰か
不合理な待遇差の解消では「すべての通常の労働者」との間で待遇差を検討しますが、待遇差の内容や理由についての説明にあたっては、職務の内容が最も近い通常の労働者が比較対象になります。
(2) 何を説明するのか
待遇差の内容として、次の2点を説明する必要があります。
- ① 通常の労働者と非正規労働者とで待遇の決定基準に違いがあるかどうか
- ② 待遇の個別具体的な内容または待遇の決定基準
また、待遇差の理由として、職務の内容や配置の変更範囲、その他の事情に基づき客観的・具体的に説明する必要があります。
ここで注意しなければならないのは、「賃金は、各人の能力、経験等を考慮して総合的に決定する」などの抽象的な説明では足りないということです。
つまり、賃金テーブル等の支給基準が必要であり、人事評価制度の存在が重要になります。
(3) 説明の仕方
説明にあたっては、非正規労働者が説明内容を理解できるよう、資料を活用して口頭で説明することが基本となります。
この際の資料としては、就業規則や賃金規程のほか、厚生労働省からモデル様式が公開されています。
■クリニックが準備しなければならないこと
「不合理な待遇差を無くしていく」ことと並行して、「待遇差の説明のための資料を作る」ことが必要になります。
説明を求められてから理由を考えるのでは間に合いません。今すぐに取りかかりましょう。
そのためには、就業規則と人事評価制度が重要になります。
厚生労働省の「同一労働同一賃金ガイドライン」では、正規と非正規との間で待遇差がある場合において、その要因として賃金の決定基準・ルールの相違があるときは「将来の役割期待が異なるため」などの主観的・抽象的な説明では足りず、待遇の性質や目的に照らして、客観的・具体的な実態から不合理かどうかを検討すべきとあります。
そして、将来の役割期待が異なることを客観的・具体的に説明するためには、「人事考課」「業務や責任の負い方」などを材料とすることが考えられます。
すなわち、就業規則や人事評価制度に基づいた客観的な説明が必要です。
手順を掲載しましたので、ご参考下さい。
【STEP 1】現状の確認
□ 雇用形態ごとに、以下の3要素を整理する。
- ① 業務の内容
- ② 責任の程度
- ③ 職務(業務+責任)の内容や配置の変更範囲
□ 雇用形態ごとに、待遇(賃金・休暇・福利厚生・教育訓練など)を一覧化する。
【STEP 2】待遇に差がある場合の理由を整理
□ 雇用形態ごとに、待遇の性質・目的に照らし、上記①~③の観点から待遇差の理由を整理。
就業規則や人事考課シートをもとにした客観的・具体的な説明ができるか
(適切な理由がない、または待遇差が大きいなど、不合理となる可能性がある場合)
【STEP 3】待遇や職務内容等の見直し
□ 不合理な待遇差を解消するための対応を検討する。
(例:賃金制度を改定し待遇差を見直す。職務内容や人材活用の仕組みを見直す。)
(参考資料:日本経済団体連合会「2020年版経営労働政策特別委員会報告」)
■大切なのは、従業員の「納得感」
法は企業に不合理な格差を設けることを禁じていますが、明確な具体的基準は示されていません。
裁判においても個別事案の判断しかされず、明確さにはおのずと限界が生じます。
しかし、その限界を超えるものこそが企業の裁量であり、経営者の腕の見せ所です。
大切なのは、従業員が「納得できるかどうか」。
パート職員が納得できるよう、客観的に公正と理解できる資料をもとに丁寧に説明することが何より重要です。
法は「同一の事業主」単位での格差解消を求めていますから、分院がある場合はグループ全院で、単一医院の場合はそのクリニックの中で、パート・有期職員が正職員と比べて納得できるかどうかをまずご検討下さい。
「世間と比べて」ではありません。
同一労働同一賃金に関しては様々なメディアで報道されていることもあり、パート職員の方から質問や指摘を受けることが増えると予想されます。
世間でこれだけ話題になっているのに、院長先生から曖昧な回答しかもらえなかったら、職員はどう感じるでしょうか。
また、それではパート職員の処遇を上げればよいと単純に判断しても構わないものでしょうか。
総額人件費にあてられる原資が限られている以上、待遇差改善は賃金原資再分配の問題ともいえます。
同一労働同一賃金だからと要求されるがままパート職員の賞与や手当を増やすことは、大幅な売上増加か、正職員の待遇引下げや採用を控える等の施策を必要とします。
貴院にとって何が妥当か、どのようにすれば従業員が納得するのか、今日から考えていかねばなりません。
まずは就業規則や人事評価制度を今一度見直してみましょう。
(就業規則や人事評価制度がない場合は、この機会に整備しておくことをお勧めします。)
■同一労働同一賃金の導入・運用をサポートいたします
同一労働同一賃金は多くのメディアでしきりに報道され、世間の注目を浴びている話題です。
クリニックにとりましては、パート従業員が多いという特性上、スタッフの関心も非常に高まっています。
とはいうものの、それでは実際に何からどのように手をつけていけば良いのかは分かりにくいのではないでしょうか。
まずは一度、貴院の就業規則をチェックしてみて下さい。
正職員とパート職員の規定がそれぞれどうなっているか、実態はどうなのか。現状を把握するところからスタートです。
就業規則をまだ整備されていないクリニックは、この機会に体制を整えていきましょう。
⇒医療機関のための就業規則とは?
当事務所では、他院での実施事例をもとに各院に応じた制度設計をご提案し、
同一労働同一賃金に対応した就業規則の作成・届出から日々の運用に至るまで、クリニックにとことん寄り添ってサポートしております。
「同一労働同一賃金が気になるけど、どのように運用すればよいのか不安」
という場合は、ご遠慮なくお気軽にご相談下さい(全国対応しています)。
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